「偶然、カフェで出会ったベトナム人オーナーとご縁がありまして。彼の会社で働いています。」

そう言うと、たいてい相手は一瞬だけ沈黙する。
沈黙のあとに返ってくるのは、決まってこの一言だ。

「……そんなこと、あります?」

あるんです、と言いたい気持ちを飲み込みながら、私は曖昧に笑う。説明すると長くなるし、説明すればするほど話が怪しくなる。だから、これはお客様に「どんな経緯で現地のベトナム法人に所属することになったんですか?」と聞かれたときの、私なりの決まり文句になった。

すべての始まりは、大学3回生の秋だった。
人生には、振り返ると「ここが分岐点だったな」と思える瞬間がいくつかあるけれど、私にとっては、初めてのベトナム渡航が、間違いなくそれだった。

ホーチミン市。
空港を出た瞬間にぶつかってきた湿った熱気と、信号を守る気配のないバイクの洪水。街全体がまるで生き物のようで、しかもその呼吸がやたらと速い。私は完全に、その勢いに当てられた。

問題のカフェは、7区フーミーフンにあった。
観光ガイドにはまず載らない、ローカルなカフェだ。アメリカーノすらない、ベトナムのブラックコーヒーを出すお店で、椅子は少しガタついていた。
ただ、その日そこにいた、たった一人の人物が、私のその後の人生を丸ごと変えてしまった。

後になって知ったことだが、そのカフェは彼の友人が経営していた。
日本人の若者が一人で入ってきたのが珍しかったらしく、「奥にいる人に会った方がいい」と言われた。奥の席では、一人のベトナム人男性が静かにコーヒーを飲んでいた。それが、今のオーナーだ。

彼は日本語を話した。驚くほど自然に。
日本で働いた経験もあるらしいが、それ以前に、ベトナム国内で日本語の教科書だけを使って独学で日本語を身につけたという。

今振り返っても不思議なことだが、彼は私を一瞥しただけで、その場で仕事をくれた。

「不動産のウェブサイトを作ってほしい」と言われた。
結局、そのプロジェクトは形にならなかったが、それでも、あの瞬間私の中で何かが決定的に動いたのは確かだ。

そのときの渡航は、ノービザ14日間だけだった。
にもかかわらず、私はすでに思っていた。
――自分は、ベトナムで事業を興す。
今思えば、メラメラと燃えていたというより、静かに思い詰めていたのかもしれない。

それからの大学生活は、学業とアルバイト。
そして、それ以外の時間は、できる限りベトナムにいた。
パスポートを見返すと、観光ビザで3か月滞在を2度。つまり、大学4回生の1年間のうち、半年はベトナムにいたことになる。
何をしていたのかと聞かれると、正直、うまく答えられない。

 

オーナーとは、気づけば8年の付き合いになる。

それでも、なぜ最初にあそこまで私を信頼してくれたのか、私はいまだ聞けていない。

人生はたいてい、後から見れば物語になる。
ただ、その渦中にいる間は、だいたい何が起きているのかわからない。
あのカフェでの偶然も、きっとそういう種類の出来事だったのだと思う。

(続)

 

※当記事は、通常記事の文体で作成したコンテンツを、ChatGPTで「小説風の文体」で仕上げたからです。